遠藤亜の休日 シリーズ vol.8 となる今回は、初めての『長崎県』へ🐉

本来の目的は、灼熱の地でのゴルフ合宿⛳でしたが、
最終日は観光の時間を設け、『軍艦島クルーズ』に乗船しました🚢


気温38℃🥵過去一暑いラウンドとなりました🔥
(スコアはまずまず👍)
今回予約したのは、やまさ海運さんの『軍艦島上陸周遊クルーズ』。

軍艦島クルーズを運航している会社は数社あり、人気のクルーズは既に完売でした💦
国内近代炭坑発祥の島である『高島』に上陸できるクルーズなど、会社によって異なるので確認必須です。
しかしながら、台風13号の影響により、ドルフィン桟橋と見学広場の転落防止柵の撤去のため軍艦島へ上陸が叶わず😭😭
「周遊ツアー」へ切り替えての運航となりました🚢
1日2便の運航で、今回は9:00出港(1便)を予約。
ターミナルである長崎港は、五島列島や伊王島行きのフェリー・旅客船も運航しています。


改札を行い、いざ乗船。
乗船したのは、”マルベージャ号(総トン数97トン)”。

船内は、1階と2階に分かれており、船内はすでに多くの観光客で賑わっていました。

(軍艦島まではガイドさんの説明があり、右舷側に座ることをオススメします!)
出港時に、クルーワークの方の撮影をしていましたが、チェック項目がアナウンスで流れていたのが印象的でした。
(これまでいくつかのクルーズ船に乗ってきましたが初めて!?)
■ 三菱重工業長崎造船所

手前に移っているのは海上自衛隊の「もがみ」型護衛艦です。
傾斜をつけたフォルムからステルス性の高さが見て取れます。
■ ジャイアント・カンチレバークレーン

続いて見えてきたのは、巨大なクレーン。
1909年に設置され、100年以上経った現在も稼働しているベテラン現役クレーン。
150トンもの吊り上げ能力を持っているこのクレーンは、
”世界遺産・明治日本の産業革命遺産”を構成する資産のひとつとして認定されています。
左奥に見えているのは、世界新三大夜景にも選ばれている「稲佐山展望台」です。
■ 高鉾(たかほこ)島

長崎県長崎市の神ノ島町沖合(南東約200〜300m)に浮かぶ面積約0.03平方キロメートル、標高72メートルの無人島。
神功皇后が島に渡って鉾を立てたという伝説からその名が付いたんんだとか。
江戸時代初期のキリシタン弾圧や、長崎港を守る台場(砲台)が置かれた歴史的背景を持ちます。
■ 岬のマリア像

ザビエル渡来400年を記念して建てられた像。
船上からは小さく見えますが、4.7mもあり長崎港の入り口で岩の上から航海の安全を見守っています。(現在は2代目の像)
■ 女神大橋

長崎港の入り口に架かる「女神大橋」は、長崎市南部と西部を結ぶ全長約1,289mの斜張橋。
2005年に開通し、長崎市街地と長崎港を一望できるランドマークのひとつです。
船上から見上げると、その大きさはなかなかの迫力!🚢

■ 100万トンドック

「100万トンドック」は、かつて長崎造船所で大型船の建造・修理に使われていた巨大なドック。
その名のとおり、100万トン級の船を収容できるほどの大きさを誇り、長崎の造船業を象徴する場所のひとつ。
現在も現役の造船所の一部として使われており、遠目から見てもスケールの大きさに圧倒されました。
■ 伊王島/伊王島大橋


以前は炭鉱の島として栄えた伊王島ですが、現在は温泉やホテル、アクティビティなどが楽しめるリゾートアイランドとして知られています。
歴史を感じる島から、今では多くの観光客が訪れる人気のリゾート地へ。昔と今で大きく姿を変えた島です。
■ 高島

軍艦島のすぐ近くに位置する「高島」は、かつて炭鉱で栄えた島です。江戸時代に石炭が発見され、明治時代には近代的な炭鉱開発が進められました。
高島炭坑と端島炭坑(軍艦島)は、ともに日本の近代化を支えた炭鉱として発展。最盛期には、高島と端島を合わせて2万人を超える人々が暮らしていました。
現在は長崎市の一部となり、かつての炭鉱の歴史を伝える産業遺産が残されています。
今回のクルーズは上陸しない航路のため、次回は訪れてみたいです!
■ 中ノ島

軍艦島(端島)のすぐ隣に浮かぶ「中ノ島」。(写真)
かつては炭坑として開発され、軍艦島よりも先に石炭採掘が行われていました。
その後、軍艦島の採炭を支えるための施設などが設けられ、島には火葬場や墓地、海水プールなどもあったといわれています。
現在は無人島となり、緑に覆われた静かな島に。
中ノ島を過ぎると、いよいよ『軍艦島』が見えてきました!
遠くから見ても伝わる、廃墟の迫力。
■ 軍艦島(端島)

長崎港から船で約40分のところに位置する端島(はしま)。
小さな海底炭坑の島は、岩礁の周りを埋め立てて造られた人工の島です。岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋コンクリートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。

最盛期の1960年には約5300人もの人が住み、当時、日本一の人口密度を誇っていました。島内には小中学校や病院などを完備、映画館やパチンコホールなどの娯楽施設もあり生活の全てを島内で賄うことができたそうです。
端島炭坑の石炭はとても良質で、隣接する高島炭坑とともに日本の近代化に大きく貢献しました。しかし、主要エネルギーが石炭から石油へと移行したことにより衰退の一途をたどり、1974年に閉山。島民はさまざまな思いを胸に島を去り無人島となりました。
2009年に一般の方の上陸が可能となり、現在では多くの方が上陸ツアーに参加して軍艦島を訪れています。
2015年7月世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 ~製鉄・製鋼、造船、石炭産業~」として正式登録されました。

最初は、〇で囲った部分しかなく、炭鉱開発と人口増加に伴い、明治から昭和にかけて計6回にわたる埋め立て拡張工事が行われたんだとか。
もともとの小さな岩礁の約3倍の面積へと広がり、現在の姿に。
左回り、右回りと周遊して帰路へ。
💡豆知識
西側と東側で見え方が大きく異なる軍艦島。


左:島の東側から見た軍艦島 右:島の西側から見た軍艦島
西側海域に比べ、東側海域は年間を通して比較的波が穏やかな海域なのだそう。
そのため、海が荒れやすい西側には居住区、波の穏やかな東側には採掘関連の施設が建てられ、島の主要産業である石炭採掘を支える“心臓部”となっていました。
見どころも迫力も満点で、
次回は歴史を学んで上陸したいと思える約120分の周遊クルーズとなりました🚢
帰港後は長﨑名物 ”トルコライス” をいただきました。
私が頼んだのはレディースセット。

カレーライス・エビフライ・カツ・ナポリタンとまさに大人のお子様ランチでした🤤🍛

坂本龍馬も眺めたかもしれない、長崎の景色
グラバー園から望む長崎港と街並み。
幕末、この地で外国人商人たちが行き交い、日本の近代化へとつながるさまざまな交流が生まれていました。
坂本龍馬もまた、長崎を舞台に活躍した人物のひとり。
龍馬もこの長崎の海を見ていたのかな……なんて想像すると、ちょっとロマンを感じました🐉


眼鏡橋、グラバー園を巡り、海上守護の神社として崇敬されている「諏訪神社」へ。

毎年10月に開催される「長崎くんち」は、寛永11年(1634年)から続く諏訪神社の秋季大祭でこの時期は多くの人で賑わうんだとか。
空港に向かう途中には、通販大手の”ジャパネットホールディングス”が建設した「長崎スタジアムシティ」に行ってきました。

北海道のエスコンフィールドを彷彿とさせる解放感のあるスタジアムは、試合がないにもかかわらず賑わっていました⚽


スタジアム内で醸造されたクラフトビールをいただきました🍺
今回の長崎旅は、灼熱のゴルフから始まり、念願の軍艦島……は残念ながら上陸できず😭😭
それでも、長崎の街や海を巡りながら、坂本龍馬ゆかりの地や、造船・炭鉱など日本の近代化を支えた産業遺産に触れることができました。
「異国情緒のある街」というイメージが強かった長崎ですが、実際に訪れてみると、日本の近代化を支えた歴史がそこかしこに残っていることを実感。
今回は“見るだけ”になってしまった軍艦島も、次回はしっかり歴史を学んだうえで、ぜひ上陸してみたいと思います🚢
坂本龍馬と近代化遺産を感じながら、長崎の歴史を少しだけ身近に感じることができた旅となりました🐉✨
***おまけ***
長崎の初日に伺ったお鮨屋さんが美味しすぎました!!!🍣



長崎はヒラマサを”ヒラス”と呼ぶようで、鉄火巻きの具にヒラスをつかうんだとか。
気さくな大将が握るお寿司はどれも絶品でした。
締めに行ったラーメン(ちゃんぽん)屋さんは、長崎の大スター 福山雅治さんの学生時代からの行きつけのお店らしく
店内はとても賑わっていました🍜

ゴルフも観光もグルメも堪能し、心もお腹もいっぱいな3日間でした😎✨
(おわり)







